コンプレックスが原因で他人が大きく見えてしまう

何かにつけて「自分は人より劣る」と落ちこむ人がいる。特に内向的な人は外向的な人のような派手さがないため「自分はどうも影が薄い」という感じを持っているものだ。会話術、機敏さ、如才なさ、ユーモア、行動力などに関して劣等感を感じることが多い。それも平均的な人と較べることは滅多にない。平均というのはよくつかめないし、どうしても特に優れた人が目につく。必然的に会話術の巧みな人、ユーモアの天才、行動力を遺憾なく発揮している人などと自分を比較することになるから、ますます自信を無くしてしまう。

では、なぜ他人と較べたがるのか?それは内向的人間が外界の事象に疎い分、コンプレックスが形成されているためと考えられる。自分自身の心の中の出来事はよくわかっているが、他人のことはよくわからないし、世の中の動きからともすると取り残されがちだ。そこで外界の事象に無関心な反面、自分はちょっとズレているのではないかという不安も強く、他人を気にすることになる。

人間には、自分が正しいかどうか判断するのに明確な基準が無いとき、他人との比較で正否を決定しようとする傾向がある。そして自分を他人と比較するのだが、不幸なことに世間で目立っているのは外向的人間で、ことごとく自分と反対の態度・行動を示しているから自信を失うわけだ。他人と比較したがるのは、人間一般の心理であり、やむをえない。だが世間で目立つ外向的人間と自分が違うからといって自己を否定するのはおかしい。もともと性格が違うのだから自分の態度や感じ方の妥当性の基準たりえないはずだ。

考えてみれば、会話が巧みでなくとも、上司の言葉や態度に機敏に対応できなくとも、宴会で気のきいた芸のひとつもできなくとも、根回しやかけひきが苦手でも、そうしたことに至上の価値を置いていないからこそ、そうした能力を敢えて磨いてこなかったのではなかったのか?そうしたことが上手い人は、それに価値を置いて生きているのだろう。自分が価値を置かない領域で他人、それに価値をおいている人より劣っていたからといって何を気にすることがあるだろうか?そんなつまらないことを気にするよりも自分の価値を置く領域で生活や人格を充実させる努力をすべきだろう。

— posted by Uchida at 06:12 pm